ゲスト:森蔭大介さん・森蔭真弓さん(モリカゲシャツ キョウト)
1997年にオープンした森蔭大介さんのシャツ専門店「モリカゲシャツ キョウト」は、京都人も認める京都ブランドの代表格です。今や、海外にも顧客がいるというその活動内容と、2006年にスタートしたモリカゲシャツのデザイン・プロジェクト「ebebe(エベベ)」について、森蔭大介さん、真弓さんご夫婦にお話をうかがいました。
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モリカゲシャツ キョウトの店内。メンズとレディース両方を扱う。レディーメイド(既成品)はもちろん、オーダーメードも人気で遠方から訪れるファンもいる。
美しい縫製、品のある佇まいながら、カジュアルにも楽しめるシャツが充実している。
個性は主張しても着るひとの年齢を限定しない柔軟なデザイン。モリカゲシャツの顧客層は幅広い。
オーダーメードシャツの注文を受ける際に、お客様へ見せるサンプルの衿、生地などが店内のカウンター脇に置かれている。
tinycrown(以下T):モリカゲシャツのお店は、もう長いあいだ京都の直営店だけで、あえて多店舗展開や卸売りをしない方針だと聞いています。(※) はじめに、改めてモリカゲシャツの具体的なコンセプトを教えていただけますか。
森蔭大介(以下D):誰が作っていて誰が着ているのか、作り手と使い手の両方が分かる範囲で仕事がしたい、それがモリカゲシャツの基本的な考えです。見える範囲で仕事をするには、まず自分たちの店を持つ事が必須でした。1997年当時はたった4.5坪の小さなお店でしたが、それ以来、一枚つくって一枚売る、そんな繰り返しと積み重ねで今に至ります。京都のお店では、お客様がいつ何を買われたか、サイズをお直しした、ボタンを交換したなど、カルテのような個別データがあり、ご来店の際などにはお名前か登録番号をお聞きすれば、瞬時に商品を特定し、修理等の対応もできるようにしています。店舗を増やすと、ものすごい数のお客様の事を把握しなくてはなりません。ご来店の際に「こんにちは、この間はありがとうございました」と言えるような範囲というのは、やはり数軒の店ではないかと思っています。また、モリカゲシャツはもともと卸売りをしない方針です。これは、商品だけが別のお店にいってしまうと、先ほど申しあげたような個別の対応ができなくなるためで、メーカーなら卸売りをするのは当然の事かもしれませんが、モリカゲシャツはそれをしていないというか、できない売り方をしています。
T:ただ、海外への卸は例外ということですね。
D:はい、国内の話とは全く矛盾していますが、海外へは卸売りをしています。これは、モリカゲシャツの挑戦というか、日本製のシャツを海外の方に着てもらいたい、そんな思いだけでやっています。モリカゲシャツは、「ファッションアイテム」というよりは「日常の道具」だと私はとらえています。日本からファッションの輸出はある程度できていると思いますが、日本製の日常の道具としてのシャツはまだまだ届いていません。ヨーロッパで発祥したシャツを「日本でもこれだけつくれるようになりました」そんな事を少しずつでも伝えたいと考えています。現在、海外で取り扱いがあるのは、北イタリアのトレビッゾという町のセレクトショップLazzariです。2007年のある日、突然連絡がきて、社内にイタリア語ができるスタッフがいるので彼にやりとりをしてもらって、イタリアのお店も訪問して、取引が始まりました。もともとオーナーさんが、コム・デ・ギャルソンなど日本人デザイナーの服や京都がお好きで、その流れでモリカゲシャツを見つけてくださったようです。
T:イタリアといえば、ヨーロッパの中でもとくに生地の生産やシャツ文化で有名な国ですから、何か運命的なお話ですね。卸をされる際は、イタリア人体型にあわせたパターンの調整もされたのですか?
D:アメリカ人と違ってイタリアの方はそんなに大柄ではなく、少し大柄のセレクトショップのオーナーがLサイズでジャスト、という事もあって、パターンは変えずにそのまま納品しました。
T:モリカゲシャツのお店には、私も日本に住んでいた頃から時々お邪魔していますが、エコロジカルな考えにもとづいたモリカゲシャツのプロジェクト「ebebe(エベベ)」の活動がはじまってから、お店の雰囲気が変わった気がします。シャツのはぎれを使ったくるみボタンの販売、不良品を良品へ変えたトートバッグなど、バリエーションが増えて、それらの存在も含めて今はモリカゲシャツというイメージです。
森蔭真弓 (以下M):ebebeは、モリカゲシャツの延長線上にある活動です。モリカゲシャツでは、お買い上げいただいたものに関して、何年たった後でも修理ができるように、裁断の後に残ったハギレやあまった生地を保管しています。衿や袖口など小さなパーツの修理はハギレで、汚れてしまったり破れてしまった身頃(みごろ)や袖の修理はあまった生地を使います。けれど、綿のシャツは年月と共に色あせしたり、黄ばんだり、また広範囲に汚れがある場合、修理するにも費用や時間がかかりますし、お客様に申し訳ない気がしていました。それでも「捨てるには忍びない」「まだ着たい」と思っていただくお客様が多かった事もあって、シャツ全体を染めて、色を替えてイメージを一新させる「染めかえ」がebebeの活動スタートのきっかけになりました。
右は、ebebeの活動をはじめるきっかけになった、染めかえ券つきシャツ。着古して汚れや黄ばみが気になり始めたらインディゴブルーに染めかえてくれる。(※現在は販売を休止しています。)左の箱の中には、モリカゲシャツのハギレから作ったくるみボタンのセットが入っている。
森蔭真弓さん。
ハギレでつくったコサージュのほかに、オリジナルスカーフなどの小物も。
T:昨年は、ebebeの活動を海外で紹介されていましたね。
M:海外展示会を企画されている日本企業さんや企画会社さんから、お誘いをよくいただきます。ただ、モリカゲシャツ同様、海外に興味はあるものの、そういったお誘いにすぐにお応えすることはなかなかできません。そんな中、2010年の始め頃にとても魅力的なイタリア・ミラノでの展示会のお誘いがありました。『暮らしの手帖』編集長の松浦弥太郎さんやPlaymountainの中原慎一郎さんら5人が発起人の「Stockists」という合同展示会が毎年、東京であります。そこにebebeが活動紹介で参加させてもらったとき、中原さんのお知り合いのイタリア人アーティストLuisaさんがebebeの活動に共感してくださり、日本から11社が参加するPlaymountain主宰のミラノでの合同展示会にebebeの参加を後押ししてくださったんです。ミラノでの展示会は、ちょうどミラノ・サローネの時期とも重なっていたので、多くの人に足を運んでもらえるだろうという期待をこめて、私とスタッフの2人でイタリアへ向かいました。
ミラノでの展示会の様子。
T:ヨーロッパでは、年々リユース(再利用)の意識が高まっていますから、ebebeのプレゼンテーションは、注目されたのではないですか。手応えはいかがでしたか。
M:他社さんは、津軽のこぎん刺しや福岡の久留米かすり、木工など分かりやすく日本文化をアピールした雰囲気がありました。ebebeの活動は商品を見ただけでは分かりにくかったり、一部「藍染め」を使っているものがありましたが、来場される方々は、日本は今でも日常的にそういう伝統的な布の服を着ていると思っていたり、「えっ、日本人ってシャツ作れるの?」とびっくりされたりして、ヨーロッパにとって日本はまだまだ「ちょんまげに刀」なんだと感じました。でも、商品をみて感覚で分かってくださる方も大勢いて、国や言葉を超えて、ebebeの良さを知っていただける機会になり、今後の海外での活動に可能性を見いだせることができました。
T:真弓さんは、ちょうどあの時、ロンドンにいる私に「いま展示会でミラノに来ています。」とメールをくださいましたね。ロンドンのセレクトショップからのオーダーもあったと書いていらしたのを覚えています。結果として、何かつながりが生まれましたか。
M:ネガティブな話になりがちですが、バイヤーの方は、開口一番「これはいくらになるの?」これって万国共通だなって思いました。海外とお取引きするのはとても魅力的な事でしたが、輸出入の税金や送料、為替のリスクなどを考えると、私たちの会社が単独で今すぐに取引きする事は結果的にはできなくて、お話をいただいたショップの方には、サンプルをお買い上げいただき、とりあえず使っていただく事をお願いしました。展示会では、バイヤーの方々に混じって一般のお客様も訪れてくださっていて、イタリアだけでなく、例えばフランスやアメリカの方にもお買い上げいただきました。こうして、世界中のあちこちでebebeの商品を使ってもらっていると思うととても不思議な感覚です。「商売としてのつながり」はもてませんでしたが「商品としてのつながり」がもてたという点では前進できたと思っています。
T:今後のモリカゲシャツとebebeの、今後の活動予定などについてお願いします。
D:同じ事を同じようにやり続ける、これがモリカゲシャツの変わらない仕事の仕方です。けれど、日本のものづくりは、工場、職人さんとも高齢化がすすんでいます。僕たちの世代はそのものづくりの技を継承し、次の世代に伝えていかなくてはなりません。その為にはある程度の生産量が必要になってきます。「見える範囲の仕事」という考えをこれから先、どんな風に解釈し範囲を広げていくのか、これが今後のモリカゲシャツ、ebebeの課題です。
森蔭大介さん。店から徒歩10分ほどのアトリエにて。
(※) 日本国内では、モリカゲシャツの京都の店以外のイベントスペースでモリカゲシャツスタッフが駐在して期間限定の販売を行うことがあります。
(interviewed: 2011年11月1日)
*森蔭 大介(もりかげ だいすけ)
京都出身。東京の文化服装学院二部服装科卒業後、地元に戻り、93年に小さなオーダー服の店をオープン。当時はシャツだけでなくウェディングドレスまで作っていたという大介さんは、97年にシャツ専門の「モリカゲシャツ キョウト」を立ち上げ、仕立ての良さとユニークなブランディングで全国から注目を集める。2010年に文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で大賞を受賞した、京都を舞台にしたアニメ『四畳半神話大系』(原作・森見登美彦)では、登場人物の女の子がモリカゲシャツを着て描かれ話題を呼んだ。こどもビームスのシャツのデザイン、ほぼ日刊イトイ新聞の手帳やシャツのデザイン、近年では、オリジナル生地を企画するcoccaとのオーダー会やコラボシャツが好評。
*森蔭 真弓(もりかげ まゆみ)
京都出身。京都芸術短期大学立体コース卒業後、関西を中心に百貨店などのウィンドーディスプレイヤーとして活躍する。大介さんとの結婚後、モリカゲシャツのプランナーとして運営に携わり、現在はebebe(エベベ)を率いる一方、モリカゲシャツの店頭や出店イベント会場、海外の展示会などのディスプレイを担当している。年に一度だけ東京でオープンする限定ショップ「モリカゲシャツ東京」は、次回が9回目、会場・内容ともに現在企画進行中。